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福岡地方裁判所柳川支部 昭和45年(ワ)122号 判決

主文

一  被告は原告に対し四五六万七、八九二円およびこれに対する昭和四五年三月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

被告は原告に対し、七七八万四、二五〇円およびこれに対する昭和四五年三月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の趣旨に対する答弁)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  事故の発生および被告の過失

被告は、昭和四二年四月二六日、大川市大字榎津六二番地中村自動車販売有限会社広場において、置いてあつた中古自動車(以下、加害車という)のエンジンを試動するに際し、運転席に半分腰掛けた恰好で、かつ、ギヤ・チエンジレバー(変速桿)がニユートラル(中立)の位置にあることを確めずに始動スイツチをいれた過失により、加害車を驀進させ、右広場の洗車場で手を洗つていた原告に加害者を衝突させ、左下腿複雑骨折の傷害を負わせた。したがつて、被告は、民法七〇九条により不法行為責任を負うべきである。

二  損害

原告は右傷害により、次の損害を蒙つた。

(一) 逸失利益

(1) 休業による逸失利益

原告は、昭和三〇年一二月五日、二級ガソリン自動車整備士の技術検定に合格し、事故当時一カ月につき六万円の収入を得ていた。ところが本件事故のため昭和四二年四月二六日から昭和四四年六月三〇日まで入院し、爾後同年一二月二八日まで通院加療および自宅休養を続け、その間に一九二万円の損害を蒙つた。

(2) 労働能力低下による逸失利益

しかし、徒食を許されない原告は、遂いに昭和四五年一月から、不具の左足をひきずりながり大牟田市の車両整備株式会社に日給工員として就職し、現在日給一、三〇〇円の支給を受け、月平均二五日稼働しているのでその収入は月額三万二、五〇〇円である。事故前の原告の収入六万円に比較すれば月額二万七、五〇〇円の損失となり年額損害金は三三万円となる。原告の今後の稼働年数を二五年としてホフマン単式により計算すれば三六六万六、〇〇〇円となる。

その計算方法は次のとおりである。

330,000円×25=8,250,000円

8,250,000円÷(1+0.5×25)=3,666,000円

(一、〇〇〇円未満切捨)

よつて、原告の休業および労働能力低下による逸失利益は、合計五五八万六、〇〇〇円となる。

(二) 慰藉料

原告は、中村自動車販売有限会社の主裁者兼整備主任であつたが、本件事故のため、右会社を解散しその事業を廃棄する外なき状態となり生活扶助、教育扶助、医療扶助により最低生活を送つている状態である。いつの日自力再起を希望しうるか暗たんたる毎日を送つている。精神的苦痛ならびに歩行困難による日々の肉体的苦痛に対し、慰藉料として三〇〇万円が相当である。

(三) 療養関係費

入院夜具代 一万三、〇〇〇円

売薬代 一、一五〇円

合計一万四、一五〇円を支払つた。

三  損害填補

被告は原告に対し、昭和四二年六月三〇日から昭和四四年九月一〇日までの間前後四九回にわたり八一万五、九〇〇円を支払つている。

四  結論

以上のとおりであるから、原告は被告に対し、損害金合計八六〇万〇、一五〇円から損害の填補を受けた八一万五、九〇〇円を控除した七七八万四、二五〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四五年三月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一の事実は認める。しかしながら、始動スイツチをいれただけで自動車が走行を始めるということは通常あり得ないことで、本件事故は、(1)エンジンのキヤブレーター(気化器)のスローが高めてあつたこと、(2)自動車の停止位置が多少下り勾配になつていたこと、(3)サイドブレーキが引いていなかつたこと、の三つの原因が共同加担したとみられ、右(1)、(2)は予見不可能であつた。

二(一)  同二、(一)、(1)、(2)の事実は否認する。

(二)  同二、(二)の事実中、中村自動車販売有限会社が解散したことは認め、その余の事実は不知。但し右会社が解散したのは本件事故後約二年を経過した昭和四四年三月三一日であつて本件事故のため解散したものかどうかは不知。

(三)  同二、(三)の事実は不知。

三  同三の事実は認める。

(抗弁)

一  過失相殺

原告は、エンジンの鍵をさしたまま自動車を駐車するときは、ギヤ(変速器)はニユートラル(中立)にいれて、サイドブレーキをひいておく注意義務があるところ、原告は右義務を怠り、本件事故を惹起したもので原告にも過失がある。

右過失は、損害額の算定につき考慮されるべきである。

二  損害填補

(一) 原告は、本件事故による受傷につき、(1)労災保険法による休業補償を既に得ており、(2)同法による障害補償年金および厚生年金法による障害年金を現に得ているのであるが、(1)は療養期間中の休業に対する補償であり、(2)は後遺症により労働能力が低下したことに対する補償である。これらの補償給付請求権と損害賠償請求権とは競合して存在し、既に一方の履行が終り、または現に履行がなされていて、かつ将来も確実になされるであろうという場合には損害は填補されているのであるから、別途更にその賠償を請求することは理由がない。

(二) 中村自動車販売有限会社と原告とは経済的には単一の企業体であるが、被告は原告が前記の労災補償を受けることが可能なように、本来なら右有限会社が負担すべき労災保険の保険料を昭和四二年五月から右会社が解散した昭和四四年三月までの間合計一五万三、二〇〇円を右会社に代つて支払つた。この金額もまた弁償の一部に組入れられてしかるべきものである。

(抗弁に対する認否)

一  抗弁一の事実中、加害車のサイドブレーキをひいていなかつたことは認める。しかし、原告に過失があるとの点は争う。自己の営業構内においてその所有自動車を修理整備中いかなる状態で置こうとも自由である。

二(一)  抗弁二、(一)の事実中、原告が、本件事故による受傷につき、(1)労災保険法による休業補償を既に得ており、(2)同法による障害補償年金および厚生年金法による障害年金を現に得ていることは認める。しかし右年金は原告が労務者という特別の立場において政府と原告との間における特殊法律関係により政府より支給を受けるものであり本件損害賠償とは全然別種の立場によるものであるから被告主張のごとく右年金を本件損害填補に流用するのは理由がない。

(二)  抗弁二、(二)の事実中、被告が労災保険料一五万三、二〇〇円を支払つたことは認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因一の事実(事故の発生および被告の過失)は当事者間に争いがない。

右認定の事実によれば、被告は民法七〇九条により、本件事故によつて原告が蒙つた損害を賠償する責任がある。

二  過失相殺について

本件事故現場は、前記認定のとおり中村自動車販売有限会社広場であつて、証人仁田原修一の証言、原、被告各本人尋問の結果、検証の結果および弁論の全趣旨を総合すれば、右広場は北に向つてゆるい下り勾配となつていたこと、加害車はサイドブレーキを調整中で下り勾配に向けて、車輪に歯止めをせず、エンジンの鍵をさしたまゝ、ギヤ・チエンジレバー(変速桿)がニユートラル(中立)にされずに、エンジンのキヤブレーター(気化器)のスローを高めた状態で置かれていたことが認められる。加害車のサイドブレーキがひかれていなかつたことは当事者間に争いがない。

ところで、原告は、右認定のごとき目的で、右認定のごとき場所に自動車を置く場合には、サイドブレーキをひき、ギヤ・チエンジレバー(変速桿)をニユートラル(中立)にし、エンジンの鍵を抜き、石などで車輪に歯止めをする注意義務があるところ、右認定の事実によれば、原告は右注意義務を怠つた過失がある。

右原告の過失と被告の前記過失との割合は、原告が三、被告が七と認めるのが相当である。

三  損害について

(一)  逸失利益

(1)  休業による逸失利益

成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第一一号証、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、原告は本件事故の日である昭和四二年四月二六日から同年一二月二八日まで入院し、昭和四四年六月三〇日まで通院し、その後同年一二月末ごろまで自宅休養を続けたことが認められる。成立に争いのない甲七号証によると原告の事故前の収入は一カ月六万円であつたから昭和四二年四月二六日から昭和四四年一二月末ごろまで約三二カ月間稼働することが出来ず、その間の損害は一九二万円となる。

本件事故について原告にも三割の過失があつたものというべきであるから、過失相殺すると被告の賠償額は一三四万四、〇〇〇円となる。

(2)  労働能力低下による逸失利益

成立に争いのない甲第七、第八、第一一号証および原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は本件事故前二級ガソリン自動車整備士の資格を有し、原告の父が社長である中村自動車販売有限会社に整備主任者として勤め、原告主張のとおり月額六万円の収入を得ていたのであるが、本件事故後は左足に労災事故の三級一二号に該当する障害を残し、今後整備士としての仕事につくことが不可能となり軽作業にしか従事し得ない状態となつたため、昭和四五年一月五日車両整備株式会社に入社、日給一、三〇〇〇円、月平均二五日稼働し、月平均三万二、五〇〇円の収入を得ているにすぎないものと認められる。したがつて右給料の差額二万七、五〇〇円が原告の一カ月の得べかりし利益の損失であり、年額三三万円となるが、原告は本件事故当時満三四歳であり、事故後再就職したのは満三七歳であり、その余命の範囲内で原告主張のとおり六二歳まで就労しえたものと認めるのが相当であり就労可能年数を二五年としその間に得べかりし利益の現価をホフマン式(複式、年別)計算法により年五分の中間利息を控除して算定すれば五二六万一、五五三円が原告の得べかりし利益の喪失となる。

330,000円×15.9441=5,261,553円

本件事故について原告にも三割の過失があつたものというべきであるから、過失相殺すると被告の賠償額は三六八万三〇八七円(円未満切捨)となる。

よつて、原告の休業および労働能力喪失による逸失利益は、合計五〇二万七、〇八七円となる。

(二)  慰藉料

本件事故の態様、原告の本件事故によつてうけた傷害の部位、程度、後遺症の内容、程度、前示過失割合、その他諸般の事情を総合勘案すれば慰藉料は五〇万円をもつて相当と認める。

(三)  療養関係費

成立に争いのない甲第五、第六号証および原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は入院用夜具代として一万三、〇〇〇円、売薬代として一、一五〇円を支払つたことが認められる。

本件事故について原告にも三割の過失があつたものというべきであるから、過失相殺すると被告の賠償額は九、九〇五円となる。

四  損害填補について

(一)  被告は原告に対し、昭和四二年六月三〇日から昭和四四年九月一〇日までの間前後四九回にわたり八一万五、九〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがないから、これを原告の損害額から控除するのが相当である。

(二)  被告は、原告が労働者災害補償保険から休業補償を既に受取つているから療養期間中の休業に対する補償は填補ずみであり、また同法による障害年金および厚生年金法による障害年金を現に得ているから後遺症による労働能力低下による逸失利益は填補されている旨主張する。

しかしながら、労働者災害補償保険は、保険加入者たる使用者が保険料を支払い、労働者が業務上の災害を受けた場合(保険事故の発生)に労働者に支給されるものであり、厚生年金保険は、原則として、一定の事業所に使用されるものが被保険者となつて、各被保険者と事業主とが保険料を支払い、一定の事由(保険事故)の発生を原因として被保険者(または遺族)に支給されるものであり、いずれも保険料の対価たる性質を有するものであるから、不法行為による損害填補たる性質を有するものではなく、不法行為の加害者である第三者が、被害者が右保険金の支払いを受け、或は将来受けることを理由に、損害賠償を拒むことは出来ない。したがつて、被告の主張は採用できない。

(三)  被告が、中村自動車販売有限会社に代つて労働者災害補償保険の保険料一五万三、二〇〇円を支払つたことは当事者間に争いがない。被告本人尋問の結果によれば、右金員は原告の妻の依頼により、本来被告が支払う必要のないものを支払つたことが認められるので、本件事故による損害の一部に充当するのが相当である。

五  結論

以上のとおりであるから、被告は原告に対し、逸失利益五〇二万七、〇八七円、慰藉料五〇万円、療養関係費九、九〇五円損害額合計五五三万六、九九二円から被告が原告に或は原告のために既に支払つた九六万九、一〇〇円を控除した四五六万七、八九二円および右金員に対する本件事故後である昭和四五年三月二六日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うう義務がある。

よつて、原告の被告に対する本訴請求は右の限度において理由があると認めてこれを認容し、その他を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡村道代)

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